久留里城

久留里城

久留里城は君津市にあります。明治5年に廃城となり城の建物は解体されましたが、昭和53年,本丸跡地に天守閣が再建され翌年には二の丸跡地に資料館ができました。春には桜、秋には紅葉と四季折々の美しい姿を見せる久留里城は「千葉眺望百景」にも登録されています。

基本情報

久留里城天守閣と資料館がある
住所君津市久留里 字内山
電話0439-27-3478
資料館
開館時間
9:00〜16:30
資料館
休館日
月曜日 (祝・休日の場合は開館し翌日休館)
年末年始(12月28日から1月4日)
拝観料金無料
駐車場あり(無料)
トイレあり
アクセスJR久留里線久留里駅下車
駐車場まで徒歩30から40分

久留里城に車で行くにはいくつかのルートがありますが、道幅も広くわかりやすいルートをご紹介します。

久留里商店街の「伊勢源呉服店」があるT字路を曲がり県道32号線(大多喜君津線)を進みます。

間も無く「久留里城」と書かれた看板が立つT字路に出るので右折します。

大きな駐車場が整備されている。

駐車場には「君津市森林体験交流センター」が併設されている。

交流センターの開館時間は、
9:00〜17:00 月曜日が休館日。

食堂「城の里」でランチが食べれるよ。
営業時間は、11:00〜16:00。

記念にセンター入口付近の窓口で「御城印」を購入。

案内板に従って進みます。

駐車場は午後4:30に閉まるので注意してね。

お城に通じる道に出ました。

天守閣のある本丸は海抜145メートル。

「雨城」についての看板

  雨 城
 久留里城のことを、雨城(うじょう)とも言います。「築城後、三日に一度の割合で、雨が降ったので、雨城と言うようになった」と、古書「久留里記」に記されています。

<立て看板より>

ここから、資料館まで350m、
天守閣まで500m。

12月中旬でも久留里では紅葉が楽しめる。

グラデーションが楽しめる。

椅子に座ってゆっくりも出来る。

久留里城についての看板

上り坂はまだ続く。

途中「堀切跡」があった。

  堀切(ほりきり)

 尾根筋の通路を断ち切るように設けた堀のことで、通常は橋が架けられ、敵が侵入してきた時には、この橋は外された。

<立て看板より>

資料館まであともう少し。

この先左側に久留里曲輪(くるわ)があった。

  曲輪・郭(くるわ)

 防御・攻撃のため、造成し設けた平場の区画。近世の本丸(中世は「本城」「実城」と言った)など主要な曲輪の外側にあるものを「腰曲輪」という。

<立て看板より>

資料館が右手に見えてきた。

二の丸跡に着きました。

ここに資料館がある。

資料館入口(入館無料)

資料館では市内の出土物や武士の使用した刀剣、鉄砲、調度品、絵馬、神楽道具など様々な物が展示されている。

資料館の左側に、二の丸・長屋塀跡がある。

奥には「上総堀り」方式の井戸堀り櫓が展示されている。

『上総堀り』方式 井戸掘り櫓

 明治の中頃、君津地方で考案され、飲料水、かんがい用水はもとより、石油や温泉の発掘にも使用された「上総掘り」方式の井戸掘り櫓です。
 なお、現在でも東南アジアやアフリカの諸国で使用されています。

<立て看板より>

下の写真は「水道木管」で、明治の中頃に久留里の市場(現在の久留里商店街)に埋設されたもの。

久留里にゆかりのある「新井白石」の像。

江戸時代の有名な学者・政治家です。

薬師曲輪

ここからの眺めが素晴らしい。

天守閣を目指します。

二の丸から天守閣まで150m。

上り坂がまだ続く。

途中「男井戸・女井戸」がある。

  男井戸(おいど)・女井戸(めいど)

 伝説によると、この二つの溜め井戸は、奈良時代の僧 良弁によって掘られ、「金剛水」(こんごうすい)「胎蔵水」(たいぞうすい)と呼ばれたそうです。
 戦国期、この場所に里見義堯が城を築くと、敵対北条氏がいく度か来襲しますが、この井戸により籠城にも耐えることができました。
 江戸時代、藩主の黒田直亨(なおゆき)の頃から、藩士の結婚式の際に、新郎・新婦がこの水を飲み、夫婦の誓いをかわしたと言われています。

<立て看板より>

天守が見えてきた。

久留里城です。


令和5年5月11日に発生した地震により、天守閣の屋根上にある鯱瓦が破損・落下し当面の期間、天守閣内部への立入が禁止されている。

となりには、本丸・天守台跡がある。

残念ながら天守閣に入ることはできませんでしたが、紅葉や眺望を楽しむことができました。

駐車場から天守閣までは30分ほどです。

自然を満喫しながらゆっくり楽しみたいですね。

近くに、久留里神社久留里庵があります。

そちらもどうぞ。

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